祝リリース&ディーケン帰還!アニコレ3年ぶりのニュー・アルバム遂に降臨<後半>!!!


 

 

昨日に続いて、今日も『センティピード・ヘルツ』リリースを祝してアニマル・コレクティヴディーケン&パンダ・ベア)のスペシャル・インタビューの後半をお贈りします。しつこいですが、まだアルバムを聴いていない方のために、期間限定で全曲試聴をこちらで実施中ですよ!

 

<DC突撃インタビュー:アニコレ、真面目に新作を語る 取材:天井潤之介氏>

 

アルバムから、それぞれのお薦めの曲、個人的なハイライトの一曲を選ぶとしたら?

N「じゃあ僕から。1曲だけ選ぶのは難しいけど、“Pulleys”のヴァイブはすごい好きだな。リズムがすごく好きなんだよね。別に自分のパートがどうっていうんじゃなくて、あのループがすごい気に入ってる。あとあれは最終段階で作った4曲のうちのひとつで、最後の方の2週間に、すでにアルバムのアティテュードだとかキャラクターだとかが確立されているという段階にできたものなんだよね。この曲は、すごくすんなりと楽にできちゃった曲で、僕の場合は結構、そういう感じで作ったものが自分のフェイバリットになることが多いんだ」

J「“Today’s Supernatural”かな。あれは初期段階に作った曲のひとつなんだけど、こういう感じであってるんだって手応えを感じたというか、自分にとってはあの曲がアルバム全体のトーテム的な存在になってたんだよね。あと何だろう、個人的には、デイヴのメロディに宿っている、切迫した感情みたいな、彼の歌い方、あの曲で使ったヴォーカル・エフェクト、ちなみにライヴの方がエフェクトがもう少し目立っててかなりカオスな感じになってるんだけど、そのエフェクトの感じが狂ったラジオ・コラージュにすごく合ってる気がするんだ。ピッチもレイヤーもぐちゃぐちゃになるエフェクトで……うまく説明できないんだけど、とにかく感情が迫ってくる感じがすごいパワフルなんだ。あとあの曲って、この4人で一緒に演奏する時の感じがすごい新しいなって思った最初の曲のひとつだったんだよね。あの曲でやったようなタイプのサウンドや演奏スタイルを取り入れた曲っていうのは、しばらくなかったなっていう。具体的にどこがどうっていうのを説明するのは難しいんだけど、でもとにかく新しいぞって思ったんだよね」

N「ロック的な攻撃性はあるよね」

J「うん、確かにある意味ロック。でもそう言い切るのは若干のためらいがあるんだよな……でも、いやわかんないけど」

N「エイリアンのロック(笑)」

 

“Today’s Supernatural”には、例えば東南アジアのポップスにも通じるメロディ・センスがありますよね。それこそアラン・ビショップ(サン・シティ・ガールズ)が主宰するサブライム・フリークエンシーズのカタログに収められていても不思議じゃないような。

J「ああなるほど。うん、わかる。実際みんなよくそれ系のものは聴いてるよ。実際そういう東南アジア的な音ってこのレコードのそこここに出てくるんだよね、なぜか。“Pulley”とかにも入ってるし、インドネシアのギターとかさ」

N「“New Town Burnout”もあるよね」

 

あなた達のアルバムには、常にその時の自分達の人生の状態が象徴されていて、作品を作ることはバンドが自分達にとって何であるのかを問い続けるような作業だ……と以前話してくれたことが印象に残っています。それを踏まえた上で、今回のアルバムについてはどんなふうに言うことができますか?

N「僕はやっぱりさっきも言ったように、子ども達と彼らのエネルギーがすごく大きかったな」

J「歌詞に関しては、すごくいろんなことが語られてると思うんだけど、このバンドっていう観点から言えば、友達としてこれだけ長く作り続けてこられたことに対する感謝の気持ちをリニューアルするみたいな感じがあったと思う。みんなで今回のこのレコードを作ったことも本当にスペシャルなことだと思えたし、なぜこれだけ長くやってこれたのかとか、このバンドをやっていることが依然としてエキサイティングで楽しいっていうことが、改めて表現されているんだ」

N「感謝っていうのはあるね」

J「うん、このレコードには感謝がすごい込められてる」

 

ちなみに『メリウェザー~』には、制作時に起きたリーマンショックに象徴される金融不安などといった時代の暗いムードや、そんな時代に子供を授かり父親になったことの不安感が作品に反映されているかもしれない……と以前ノアは話してくれました。今回のアルバムには、今の時代のどんな空気が反映されているといえますか?

N「別にこれはみんなで話し合ったり計画して決めたことではないけど、僕が思うのは、もしかしたら今回のサウンドのカオス的性質とか、サウンドの密度が濃い感じっていうのは、今の時代の、世界中のいろんなところでコントロールが機能してない感じみたいなものが、アルバムとサウンド両方に反映されてるのかもしれないっていうのは思う」

J「うん、そうだね」

 

今回のアルバム・タイトルにはどんな意味が?

J「いくつものアイデアを表わしてる、すごく抽象化されたタイトルだと思う。だからこれっていうひとつの意味はないんだけど、僕達のアイデアとしては、エイリアンのラジオ局が縦横無尽にカオス的に発信しててそれが宇宙を駆け巡る、みたいな。“Hz”部分は単純に波形とかそういうものを表わしてて、“Centipede(ムカデ)”部分はエイリアンっぽい生物、昆虫的エイリアン世界みたいなものを表わしてる」

N「3人の人間が曲を書いてると、もうあらゆるアイデアがあらゆるところから出てくるから、それをひとつにまとめるようなタイトルを考えるのも結構大変なんだよ。特に今作の場合は、いつもに増して文字通りじゃないタイトルを考える必要性を感じたんだ」

J「でもアルバムの雰囲気はタイトルに表われてると思うし、すごくふさわしいタイトルだと思うんだけどね」

N「エイリアンのバンドのキャラみたいな」

 

今回の『センティピード・ヘルツ』は10作目のアルバムになります。これまで作品ごとに様々なトライアルを重ねてこられたわけですが、音楽で表現できることにはまだ余白や可能性は残されていると思いますか?

J「それは僕らに音楽でまだ表現できることがあるかどうかってこと? それとも一般論として?」

 

どちらでも。

N「でも人生は続いていくから、そういう意味では“もう何も言うことがない”“もう何も表現することはない”という状態になるのは不可能なんじゃないかと思う。いや、君の質問の意味はわかるよ。もう、本当にこれだけ大勢の人間が音楽を作っているから、時には、すべてはやり尽くされた、もう何もすることがないと感じるかもしれない。でももし自分がそう感じてしまったら、作っても意味ないしたぶん作るのを止めると思う。でもまだ新しい場所があるっていうことを僕は確信してる」

J「この間、そういう話を誰かがしてて、そのポストモダン的状況みたいな、すべては出尽くして新しいことなんか何もない、すべてはすでに創造されていて、残されたことと言えばいろんなものをいろんな組み合わせ方で組み合わせることだけだっていうようなことを言ってたんだよね。でも僕にとっては、自分の芸術観みたいなもの、アートを好きな気持ちの核の部分っていうのは常に、それがひとりの人間もしくはひとつのグループの経験を表現したものであるっていうことなんだよ。最終的にはそれがその表現をスペシャルなものにしていると思うんだ。だから僕にとってはある意味で、たとえそれが見覚えのある表現方法だったとしても、僕らは誰でもそれぞれにユニークな方法で世界を受け止めて独特の方法でそれを処理しているから、その特定の誰かによって表現されたものっていうのは、やっぱり新しいんだよ」

 

ジョシュがバンドに戻り、新たな始まりを祝福するような素晴らしいアルバムが完成しました。今のふたりを満たしている予感や期待というのは、どんなものですか?

J「僕はとにかくものすごくワクワクしてる」

N「同じく」

J「僕個人としては、一番最近バンドを休んでた期間ていうのは、間違いなく自分にとって必要な時間だったんだよね。自分の音楽に対する気持ちを整理したいっていうのもあったし、バンドをやっていくことに対する気持ちも整理したかったんだ。それで戻ってきて、またライヴで音楽をやったりしてて思ったのは、さっきの感謝っていう話に戻るんだけど、本当に感謝で、自分がこれをやれてることを本当にありがたいと思ったし、感謝した。だからこれからのことも楽しみだし頑張ろうっていう意欲もあって。ただ先のことはあんまり考えてないかな……もちろん多少は考えるし、30代半ばくらいになると人生のひとつの章が終わって次の章が目の前にあるっていうことには気づき始めるんだけどね」

N「うん、年を取るほど、将来のヴィジョンがぼやけてくる気がする。それよりも今やっていることに意識を集中させて、ジョシュのように感謝の気持ちを持ってさ。だから今ここにいられて幸せだよ」

 

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